きょうは『時の記念日』・・・日と月によるバースコントロール

6月10日きょうは『時の記念日』です。
 『日本書記』によると、天智天皇10年4月25日の項に、「漏刻【=水時計】を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す」とあり、 この日が西暦671年6月10日にあたるので6月10日を『時の記念日』にしたそうです。

 きょうは、また隠遁始め【いんとんはじめ】の日でもあります。隠遁始めというのは、暦・・・十干十二支いわゆる干支【カンシ・えと】を基準とした暦のうえでは、きょうから一陽来復の冬至に向かって陰気が徐々に増してゆくのですが、その最初の日とされています。


◆「とき」という言葉の由来
 「とき」という言葉は日本民族が古来より使っているもので、その意味は楠正成〔さましげ〕・正行〔まさつら〕の『桜井の訣別〔わかれ〕』の歌詞の「疾く疾く帰れ故郷へ」の「とく」が転化したという説とか、常夏〔とこなつ〕とか常世〔とこよ〕の常〔とこ〕が転化したものであるという説があるようです。

 新村出先生は『語源のさぐる』という著書のなかで次のように書かれています:
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 これは益軒【=貝原益軒】の考えではなく私の考えであるが、時(トキ)という概念は恐らくは月という言葉から発したものであると思う。すなわち、月という語の語源は私はまだ明らかならぬものとするけれども、それがまず生じ、まず定まってそれから月の運行によって時間的な経過を原始人が知った。あるいは太陽の運行により、月の運行により、顕著な星の運行により、時間的の経過を察したわけであるから、太古の人が月のめぐりによって時の移り行きを知ったと考えるのは、極めて自然だと思う。
 ・・・・
 「とき」とは月の満ち欠け・運行によって時間の存在を知ったところから「つき」が「とき」に転化したものとみています。
 月を「トキ」といった例は「あかつき〔暁〕」を「あかとき」といった例があるそうです。


◆「時」の字の由来
 「時」の字のほうは『説文解字』には:
「古文時、从之日」
・・・古文の時は、之と日に従う・・・

とあるように、古い時代の「時」の字は、「日」の「之」のうえが書かれている字でした・・・詳しくは「之」も足の形を象った「止」の字が用いられています。
 「止」の字は、上向きの足の形をあらわした字です。下の「一」が踵〔かかと〕の部分で、上の部分は指先であり おそらく「卜」は拇=親指だと思います。「止」は上の方向に向かっている足の形ですから、本来は「止まる」ではなく「進む」という意味だったのでしょう。・・・そういえば易の艮為山の彖伝に「時・止まれば則ち止まり、時・行けば則ち行く」という辞があります。

 大昔の人はお日様が之きすすむのを見て時を感じたのでしょう。

 「時」の字は「日+土〔之〕+寸〔手〕」で構成されていますから、お日様の之〔ゆ〕き進む動きを土の地面に「十」の棒を立てて その日影を地面に映しその影を手で描いて時刻を忖度したのでしょうナンテ(笑)



◆日と月の位置関係をみてバースコントロールをする方法

 そういえば、以前、ソ連や東ドイツなど共産主義の国々が華やかなりし頃チェコスロバキアのあるお医者さんの研究ですが、女性の生れた日の太陽と月の位置関係をみると、受胎の可否や男女の産み分け、生れてくる赤ちゃんの健康状態などが・・・確か85%ぐらいの高い確率だったと思うのですが・・・判断することができるというのがあったと記憶しています。それを“ルナ・バースデイー”と称っていたと記憶しています。小生は試したことはありませんが、判定する方法は簡単なものです。・・・それほど人間にとってお日様やお月様は大切なものなのでしょう。『易経』の中にも“時”の字は非常に多く出ています、数えたことはないですが、一番多い部類に入るのではないかと思います。きょうは時の記念日ですから、『易経』のなかの時に関する辞をじっくり読んでみようと思います^L^

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