きょうは彼岸の入り・春の社日・人麻呂の命日・精霊の日

きょうは彼岸の入り・春の社日・人麻呂の命日で精霊の日だそうです。
なにかと霊に関することが多い一日のようです。

お彼岸はお墓参りをして御先祖さまにご供養をして感謝をする日です。

また社日は大地の恵を与えてくれる土の神様をおまつりする日です。
春分・秋分の日にいちばん近い戊【つちのえ】の日を社日【しゃにち】といい、春の社日を春社、秋の社日を秋社といいます。戊の日は「つちの兄〔え〕・土の兄・陽土」ですから、わたし達に「大地のめぐみ」をあたえてくれる土の神様に感謝する日です。春社は土の神に五穀豊穣を祈り、秋社は収穫をお礼をします。

その戊【つちの兄〔え〕】の「つち」の「ち」は、「いのち」の「ち」と同じで「霊」を意味する「ち」です。
「つち」の「つ」のほうは、天津神【あまつかみ】・国津神【くにつかみ】の「つ」で、場所・処を意味することばです。

また「つち」のことを土地【とち】といいますが、「とち」の「ち」は霊の意味ですが、「と」は大和【やまと】港【みなと】の「と」です。
「やまと」は「山と」、「みなと」は「水と」で「山のあるところ」「水のあるところ」という意味で 処・所・場所のことです。
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◆土地の「地」の初文・最初の字は「墜【ち・正確には豕のうえが八の字】」です。
墜は「阝こざとへん+八+豕+土」で構成されています。
「阝」は天上にいる神様はのぼったり降りたりする聖なるハシゴ・聖梯の意味です。
「八+豕」は神様にお供えする犠牲です。また豕を犠牲、八は神気がただようようすを表したものとみる説もあります。
土は神様が降り立つところの土地・大地です。

「墜【ち】」の字について『説文』13下には、つぎのように書いています:

「元气〔気〕初めて分れ、軽くして清陽なるは天となり、重くして濁陰なるは地となる。萬物の陳列するところなり」

と天地開闢【てんちかいびゃく】の説話をもって説明しています。

◆『万葉集』のなかに柿本人麻呂【かきのもとのひとまろ】の「世間〔よのなか〕の無常を悲しぶる歌一首」があります:

  世間〔よのなか〕の無常を悲しぶる歌一首

天地〔あまつち〕の 遠き始めよ 世の中は 常無きものと 語り継〔つ〕ぎ ながらへ来〔きた〕れ 天〔あま〕の原 ふり放〔さ〕け見れば 照る月も 満〔み〕ち昃〔か〕けしけり あしひきの 山の木末〔こぬれ〕も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 霜〔しも〕露〔つゆ〕負〔お〕いて 風交〔まじ〕へ 黄葉〔もみぢ〕散〔ち〕りけり うつせみも かくのみならし 紅〔くれない〕の 色も移ろひ ぬばたまの 黒髪変〔かわ〕り 朝の咲〔え〕み 暮〔ゆうべ〕変〔かわ〕らひ 吹く風の 見えぬが如く 逝〔ゆ〕く水の 留〔とま〕らぬ如く 常も無く 移ろう見れば にはたづみ 流るる涙 止〔とど〕みかねつも

言〔こと〕問〔と〕はぬ 木すら春咲き 秋づけば 黄葉散らくは常を無みこそ【一に云はく、「常なけむとそ」】

うつせみの 常無き見れば 世のなかに 情〔こころ〕つけずて 思ふ日そ多き【一云はく、「嘆く日そ多き」】


易の世界も天地〔あまつち〕の遠き原初からはじまり、無常の世間〔よのなか〕を変化を表現しています。
清陽の天をあらわす乾爲天と、濁陰の地をしめす坤爲地とがまじわって陰陽変化して六十四卦三百八十四爻の無常の世界を織りなすものです。
 乾  坤
 ☰  ☷
 ☰  ☷
 天  地
易は天地の自然の動き・はたらき・法則に則【のっと】って人の世界の変化・吉凶禍福を占うものです・・・ナンテ(笑)

「精霊の日」については次の機会に書くことにします。

【蛇足】土・社・杜・森の字については、したのブログを参考にしてください:
http://akahiro.at.webry.info/200811/article_32.html


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