テーマ:紀藤元之介

4月3日は神武天皇祭・・・紀藤元之介先生の忘れ物

きょうは神武天皇祭です。 神倭伊波礼毘古〔カムヤマトイワレヒコ〕・神武天皇が御崩御された日だそうです。 そういえば、この春 ICUに入学された佳子内親王が3月7日にお一人で神武天皇の御陵に参拝されたというニュースがありました。 神武天皇は「畝傍の橿原の宮にましまして、あめのした しろしめしき」という古事記にある橿原神宮を思い出…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今日1月9日は『よいエビス』

◆きょう1月9日は「よいエビス」です。 関西では『えべっさん』と云われいる祭礼が催される日です。 とくに神社の開門と同時に『一番福』をきそってダッシュする西宮神社が有名です。 1月10日に大祭がおこなわれるので『十日恵比須〔とおか・えびす〕』といわれています。 ・9日の宵宮祭を「宵えびす」、 ・10日の大祭を「本えびす」、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

1月8日『勝負事の日』 「一か八か」「一天地六」「乾坤一擲」

◆きょう1月8日は『勝負事の日』です。 さいころバクチの「一か八か・・・イチかパチか・・・」の勝負事に由来する日だそうです。  「一か八か」ということばは、骰子〔さいころ〕の出目の奇数・偶数を賭ける丁半バクチの「丁」「半」に由来するもののようです。「丁or半」の字の上の部分をとって「一or八」とみて「一か八か」とか「一八勝負」と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今日11月25日は『憂国忌』、三島由紀夫がなくなった日です。

◆今日11月25日は『憂国忌』、三島由紀夫がなくなった日です。 今日11月25日は『憂国忌』です。 三島由紀夫がなくなった日です。 三島の辞世は: 『散るをいとう世にも人にもさきがけて      散るこそ花と吹く小夜嵐』  昭和45年(1970年)11月25日AP11時ごろ、  三島と『楯の会』の青年…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『南十字星の星影に』 松岡憲郎・憲兵大尉の遺書

◆『南十字星の星影に』 松岡憲郎・憲兵大尉の遺書  きょう11月9日は憲兵大尉・松岡憲郎氏の命日です。 昭和21年【1946年】11月9日にビルマ・ラングーン、現在のミャンマーのヤンゴンで処刑されました。  『南十字の星陰に・・・ 痛恨錄 』 という本になっている故松岡憲郎・憲兵大尉の遺書は、紀藤元之介先生がビル…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

きょうは『字統』『字訓』『字通』の白川静先生の命日です

おはようございます^L^ きょう10月30日は私たちに漢字の楽しさ・妙味を教えてくださった白川静先生の命日です。  白川先生は1910年、福井県福井市の生まれで、小学校を卒業後、大阪の代議士・広瀬徳蔵氏の法律事務所に住み込みで働きながら夜学へ通い、卒業後、立命館中学の先生をしながら、立命館大学文学部を卒業し、卒業と同時に同大学の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

紀藤元之介先生の「占考以前」のつづき  「平澤隨貞の占法私見」より

◆紀藤元之介先生の「占考以前」のつづき  「平澤隨貞の筮法私見」より   昨日のブログのつづきです。   卦爻辞の応・不応、さらに得卦の応・不応について紀藤先生はS45年7月号の『実占研究』のなかで次のように書いておられます:  私は、6月号の表紙裏に、「占考以前」という題で小文を書きました。  あれは充分に「言いたいこと」…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

きょうは紀藤元之介先生の命日です。

10月14日きょうは紀藤元之介先生の命日です。 四遍筮法という占い方を考案された先生です。 紀藤先生は 昭和56年10月14日AM11時50分になくなられました。享年 満63歳。 お名前の「元之介」は、四遍筮法でえた最初の卦を「元卦」、二番目の卦を「之卦」とよんだところから名付けられたのでしょうか。 むかし・・・といって…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

実占例:20年後を占う 既済之観 

おはようございます。 きょうは1979年、紀藤元之介先生が60歳のときに21年後の2000年の状況について占った実占例が載っている随筆を紹介いたします。『実占研究』昭和54年2月号に掲載されたものです:  『もったいない時代』          紀藤元之介  生を享けて六十余年、過去を振返ってみ、現在を見すえると(富んで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

十日えびす 「ホエカゴ ホイホイ! 商売繁盛で笹もって来い!」

きょう1月9日は「よいエビス」です。 関西では『えべっさん』と云われいる祭礼が催される日です。 神社の開門と同時に『一番福』をきそってダッシュする西宮神社が有名です。 1月10日に大祭がおこなわれるので『十日恵比須〔とおか・えびす〕』といわれています。 9日の宵宮祭を「宵えびす」、 10日の大祭を「本えびす」、 11日の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

11月25日は『憂国忌』三島由紀夫氏の命日です

きょうは『憂国忌』、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊のなかで自決した日です。 あの日もきょうと同じように今にも氷雨がふりそうな鬱陶しい空でした。 紀藤先生が三島氏の自決の感想をつづった随想を掲載します:   三島ショック    紀藤元之介  三島由紀夫氏が自衛隊の中で自決した。  この雑誌が出る頃には、「去る者日々にうとし」…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『南十字の星陰に』 故松岡憲兵大尉の遺書

きのうは憲兵大尉・松岡憲郎氏の命日でした。 昭和21年【1946年】11月9日にビルマ・ラングーン、いまのミャンマーのヤンゴンで処刑されました。 『南十字の星陰に・・・ 痛恨錄 』 という本になっている故松岡憲郎・憲兵大尉の遺書は、わが敬愛する紀藤元之介先生がビルマの収容所でその遺書を書き写して日本に持ち帰り、ご遺族の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

きょうは「明治改暦」を公布した日です

きょうは「太陽暦採用記念日」です。 明治5年【1872】11月9日に いままでの太陰暦から太陽暦を採用するという詔書が布告された日です。 紀藤元之介先生が「明治改暦にまつわる裏話」という次のようなエッセイを書いています: 「明治改暦にまつわる裏話」  (前略)  明治五年、政府は財政難の折柄、十三カ月ある閏年の処…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

紀藤先生の実占例⑤ 石本有孚先生の年筮を占う

きょうは紀藤先生の年筮を紹介します。 易で年筮というのは ふつう冬至の日に翌年の運勢を占うものです。 これは、さいきん『色情人相学』いわゆる『刀巴心青』を発行されました石本有孚先生について占った年筮です。 紀藤先生の年筮は、年運と事業にわけて占ったり、前半と後半にわけて占ったりしています。 とくに得卦の目の付けどころを指摘したう…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

紀藤先生の実占例④ 合格した大学にいくか?浪人するか?

【紀藤先生の実占例④】合格した大学にいくか?浪人するか? きょうの実占例は大学受験生のご両親がべつべつに占ったものです。 息子さんが 合格した大学にいくべきか?浪人するべきか?について、 紀藤先生得意のダジャレによる占考です^L^ といっても、裏にはふか~い観卦読象があるのですが、素人がやるとバカにされますので注意してくださ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

紀藤先生の実占例③ ふたりの関係のなりゆきは?

紀藤先生の実占例③ きょうは30歳をすぎた女性・・・昭和42年当時は30すぎで『オールドミス』と云われていたようですが・・・その女性と不倫相手の会社の社長の御曹子との関係についてを占ったものです。  よく知っている三十幾つのオールドミスがきまして、「別れた男との関係、今後どうなるでしょうか」と云いました。才気渙発、すごくあたまの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【紀藤先生の実占例②】 わが子の入籍について

【紀藤先生の実占例②】 わが子の入籍について  きょうも紀藤先生の四遍筮の占例を紹介します。  ある実業家とお妾さんのあいだに出来た娘さんの入籍についての占いです。 ある若い婦人がまいりまして、実業家某の二号【妾めかけ】ですと名のり、二人の間に出来たこども、可愛いい女の児で、いっしょに来ていましたが、旦那の籍に入れであった…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

【紀藤先生の実占例①】 山林の購入占

きょうは紀藤先生の占例を紹介いたします。 紀藤先生の筮法は四遍筮であります。 四遍筮と云うのは、初めの二遍による内外卦を元卦とし、つぎの二遍による内外卦を之卦として、この二つの卦を見較べて占考する流儀です。 したがって四遍筮には、他の筮法における本卦から之卦への「変」というのがありません。筮法における「変」というものは、本卦の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

10/14 きょうは紀藤元之介先生の命日です。

10月14日きょうは紀藤元之介先生の命日です。 四遍筮法という占い方を考案された先生です。 お名前の「元之介」は、四遍筮法でえた最初の卦を「元卦」、二番目の卦を「之卦」とよんだところから名付けられたのでしょう。 むかし・・・といっても太平洋戦争が始まるまえ頃ですが・・・「東の易の鬼は紀藤氏、西の易の鬼は村田氏」と今東光先生…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日中平和友好条約締結・・・紀藤元之介先生の感想

きょう8月12日は日中平和友好条約が締結された日だそうです。 ことしは三十五終焉・執念じゃなくて三十五周年だそうです(笑) ことしも公明党 沖縄の比例区の衆議院議員で平和学博士であられる遠山清彦さんを団長として9名の若手議員が訪中しているようです。 また国民から搾り取った税金のムダ遣いならなければいいが・・・と案じております。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

紀藤先生の『易占の要諦』

きょうも 紀藤先生を偲んで 先生の『易占の要諦』という 講演の草稿の一部を掲載させていただきます。 先生が亡くなる6年前昭和50年 春の大会の講演草稿です: ・・・・ 乾兌離震巽坎艮坤というのは八卦の名ですが、抽象的です。 これを天沢火雷風水山地という象にとってくると、手にふれることができなくても、 天とか雷とかも、ナー…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

10月14日わが尊敬する紀藤元之介氏の命日です

10月14日今日はわが尊敬する紀藤元之介先生の命日です。 紀藤先生は 昭和56年10月14日AM11時50分になくなられました。 享年 満63歳。 加藤大岳先生は、『易學研究』S56/11月号の巻頭言として 次のように書かれています:  哭紀藤氏      加藤大岳 紀藤元之介先生の御霊前に額づく思いで蕪辞〔ブ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more