【易占・めばえ】『四遍筮法』とは?・・・おなじ家出占を中筮法と四遍筮法で占ってみる

『四遍筮法』とは? おなじ家出を中筮法と四遍筮法で占ってみる

きょうは、紀藤元之介先生と渡辺観岳先生との対談のつづきです。
おなじ占事を、渡辺先生が中筮法で占って、その得卦を四遍筮法で紀藤先生が占うというお話です。
10月14日紀藤先生の命日.JPG

★【中筮法】ノイローゼの37才男性の家出占

渡辺
 占例があるんです。中筮で立てました卦に。
 家出の占で、三十九才の男性が、ノイローゼになって、大学を出ている人なんですが。
 これは華門アカデミーの当番のとき来られた人で、家出してしまったと。
 「戻るか戻らんか」という問題で、どうなっているかということなんですが。

・・・それで私、艮為山の不変卦が出まして、

(上爻)震 ⚊
(五爻)離 ⚋
(四爻)巽 ⚋
(三爻)艮 ⚊
(二爻)巽 ⚋
(初爻)離 ⚋

上爻が震が主爻、内卦の主爻が艮になってるんです。その次、五爻が離ですね。その次が、四爻が巽、それから二爻が巽、初爻が離、
震離巽艮巽離とういう卦が出まして、

私は、「戻らないでしょう」という判断をしたんですね。
なぜ戻らないかということは、家を出た形が、内卦に艮の主爻を持っていることと、それから二爻に巽を持っていることから、それから上爻は震ですし、五爻は離ですし、「どこか保護されてるのとちがうか」と。
金は五百円ぐらいこそ持っていないという話でしたんですが、ふだんのままで出てしまったので、と。

【易爺の蛇足】
 大阪万博のはじまる年の正月は昭和45年【1970年】当時の物価はビール大ビン140円 ウドン・そば一杯80円、喫茶店のコーヒー一杯100円という感じだそうです。
 
 艮為山の爻卦を観岳先生がどう占考されたか、これだけではよくわかりませんね。
 【易爺】なら、まず内卦の艮☶を実家、外卦の艮☶を家出先の家とみて、内の方は☶艮止で「動きなし」外の方は震☳で「動きあり」また「艮止
で止められてはいるが、ある程度は自由に動いている」は男性が家出している現状を示すもの、そして二爻は実家の中心ですが巽☴の躁卦でたいへんな騒ぎになっている、家で先の中心である五爻の☲離は「離は麗〔つ〕くなり」でこちらに居ついている、・・・だた、麗〔つく〕は「時がくれば離れます」…美しい鹿の角は時がくれば自然に落ちるのだそうです^L^
【易爺の蛇足おわり】

それで「これは東京のほうへ行ってるのとちがうか」と訊きましたら、
東京の方に親戚があるというんですが、東京からなんらの通知がないと。

五爻に離をもってるので、「どこかへ保護されて、まだ住所も明らかにしてない」と見られるから「まあ自然に任して、戻るまで待ってみたらどうか」と。

死んではおらんやろかという、行倒れかなんかになってへんやろかと。
「それはないでしょう」と。

というのは、上爻が震なのと、五爻に離があるのと、そういう形で【易爺※】。

艮為山というのは、やっぱり墓の象もありますし、又、そういうどこかへ、つなき止められているという意味も考えられますから、そういう見方をしたんですが。

これを四遍筮的に解釈しましたら、どういうふうに・・・その点をご質問します。

【易爺※】
 易爺なら天道の卦・つまり五爻の離を内卦上爻の震を外卦として天道の卦は雷火豊〔らいかほう〕・・・雷はカミナリで火は電のイナヅマ、なにしろ「雷電みな至〔いた〕るは豊」【⬅豊卦の大象伝の辞〔ことば〕】


紀藤 事後占ということでなく、四遍筮占法によってみると、どういう見方があるがということをお話しましょう。
 まず「不変」ということですが、不変ということの意味には、「変りない」という意味、「動かない」という意味がありますね。

渡辺 エエ、あります。

紀藤 四遍筮のほうでは、不変卦を得たら、まず第一に、「変らない」と非常に単純に、いままでと あまり変らない、と見ます。つまり、このばあいに即していえば、「出た」ということからいえば、「出たまま変らない」とか、まアいろいろ取り方があると思いますね、たとえば・・・

渡辺 エエ。

紀藤 「あまり動きがハッキリしない」というこも。動きがハッキリしないということは、僅かしか動いていないということ。めざましい動きがないということ。
 たとえば、新幹線で東京から大阪へ来るのに、三時間余で来るというのは、ものすごい大きな動き。蟻が動いているのを高い・広いところから見たら、あまり動いていない。そういう蟻の動きのようなのを見て、あまり動かないと見たり、不動と見たりする。他のうんと大きく動くものと比較した場合は。

 ところが、真勢流のいう、「不変のときは生卦法を使う」というのは、生卦法の活用法の一つとしてで。変があるとき生卦法を使ったって一向に差支えないんだけれども、不変卦の場合は、緒口がつかめなかったりするから、ここぞというばあい使ったらいい、と。爻変があったりすれば、そこに注目すればいいけれど、朱子の七考占みたいなものがあるんだから。不変のときは、とっかかり・手掛りがつかみにくいから、そういう場合には、いろいろな生卦法を応用したらいいだろう、と云ってるまでであって、「不変の卦は必ず何らかの生卦法を使うべし」という鉄則はなく、規定しているんじゃないと思いますね。・・・そこでいまの、現実の問題に入りますが・・・。

渡辺 ノイローゼの人の家出・・・。

紀藤 そのノイローゼの程度にもよると思うけれども、
 まず、その人は自宅で療養している程度の人となりますね。
 したがって、たいして凶暴性などもっていない、社会的に、野放しにしておいても、人に危害を与えるような人ではないと考えられるんですがね。これはね。

渡辺 エエ。そうのようです。

  元卦   之卦
☶ ☶
☶ ☶



紀藤 そこで四遍筮占法的にこれを見るとなれば、艮の卦を四つ並べてみると。「艮を以て家とする」そうすると「家、家、家、家がある」と、とういう見方もできると。町・・・。

渡辺 エエ。軒を並べている象。

紀藤 「艮を山とする」「山」という字を二つ重ねると、「出」という字になる。これが二つ並ぶ。そうすると、測字占的にいえば、「出る・出る」となる。向うから見る【綜卦〔そうか〕/賓卦〔ひんか〕】と、震為雷になる。そうすると、「これは、はじめてではない」と。「一回ではない」となる。「ただ一回の家出ではなくて、この人はたびたびやっているのではないか、家出の常習犯で。たびたびやっていることが“変らない”とすれば、たびたび出ていき、帰って来、帰って来たものが又出ていく」と。

渡辺 エエ。たびたびね。

紀藤 こういう繰り返しの形が、この連山という象から汲み取れる。だから、案外、占者である渡辺さんにはイチゲンの客だったら、「帰ってきました」という報告がこないだろうけれど「戻ってくるんじゃないか」と。

また家出しなければ云ってこないかもしれない(笑)
けれども、「家出常習犯的な人だったら、出たり戻ったり、出たり戻ったりしているしょうがない人ではないか」と。
だから、不変卦の艮爲山は、そういうことが変らない、と。・・・こういう見方もある、と。

これは一つの見方にすぎませんよ。
直接 求占者に接した渡辺さんの云われるとおり「帰らない」かもしれないけれど、どういう見方ができるかというと、
☶ ☶
☶ ☶


 こういうふうに、艮為山を二つ、算木ふたくみで並べてみることによって、中筮法的な爻卦を見ずに「行っては戻り、出ては戻る」とこういうふうに見ることもできるんです。

【易爺 元卦の艮☶の家にいた☵【互卦、二・三・四爻】の病気で☳【約象、三・四・五爻】で家出し、之卦の外卦の倒震で実家に☶に返ってくる、を繰り返す。】

渡辺 エエ。これまでその人は、あまり遠くへ行かず、出ていっても戻ってきていたというんです。が、私自身は、ソノ、上爻の震を見て、東の方へいってるから、まア東京の方へ。それから五爻が離になっているから、網の形から、どこかへ止められているように見えるが「そのうちに便りをよこすか、此方から探しても直ぐには見つからない」と判断したんですけれども、その判断自体は、適切であったかどうかはまだ判らないのですが・・・。


紀藤 それからもうひとつね。たとえば、三画卦を主にしてみれば、艮という卦は動きのない卦ですね。

渡辺 エエ。「艮は止まるなり」で。

紀藤 動きのない卦が四つも重なっているんだから、物事遅れるとか、遅くなるとか、止まって動かないとか見ますね。だから艮為山を、私「お不動さん」と見るとか、「不動産」と見るとか、酒落たりするんですが「動きがない、進退が自在でない」とか。又、家の中に居ついているかたちであって そこからよう抜け出さないかたちであって、とくにひどいノイローゼでなければ、どっかに雇われる場合、人手不足の時代だから、とくベつの事件、事故が起きなければわからない。

人は喜んで使ったりもするでしょう。保護施設なんかだったら、住所氏名などやはり訊くだろうと思いますよ。心の旅路の主人公はきいても無駄だろうけど。

しかし、人を雇いたいというところだったら、怪しい人かそうでないかと、かたいところでは身元保証を必要とするでしょうが、そうでないところもたくさんありますね、飯場〔はんば〕など。働き場所だって、たとえば万博の会場にだって・・人夫などだったら、どこの誰だと明らかにしなくても。名を名のらずとも、偽名を使っても、そうそう、このあいだ或る工事場で死んだ人が、友人の名を使っていて死んでしまったというのがありましたね、尻無川で。ああいう事件が起きればハッキリずるけれど、いまは事件さえ起きなければ、警察も力を入れて探してくれないようだし。

だから、艮艮で、大艮だからね、これは渡辺さんが「すぐには帰ってこないだろう」と判断されたことは、的占だろうと思いますがね。出たり入ったりを重ねている常習犯的な人だけれども今度も自分から倒震で戻ってくるだろうが、探してもなかなか見つからないだろう、と。

渡辺 全体として、卦の見方としては四遍筮も中筮の考え方と同じとなるんですね、結果としては。そういう意味で見方は一致しているようなところもあるんですね。


◆特別な占法ではない【易爺★★★『四遍筮法』は特別な占法ではない、筮法はちがうが・・・。】

紀藤 そうなんですよ。四遍筮だから特別の占法で、などと考えずに、略筮法でやっているように、ある爻しか変らない場合は、爻辞をみて判断することもあるし、あるいは卦辞をとることも、あるいは卦象をとることもある。また、中筮法で使っている種々な生卦法を援用することもある、象を特に重視することもある、どういう占法でも使っていく。さっきの測字占みたいなこともやる。艮をただ、山だ、家だというだけでなく。キメ手がないと云われれば、さっきあげた内顚でも外顚でも、変為でも易位でも、とにかく熟知、通暁しないと、占はむずかしいだろうと思いますね。なまくら四つ【易爺注 相撲の用語 相手が十分な四つに組むこと】。

渡辺 エエ。自在に使う。

紀藤 
・むずかしいということと、判断がやさしいということと。
・卦解きがむずかしいからはずれるとか、手掛りが手近かにあってすぐ見ることが出来るから便利だというのと、
 それがよくあたるというのとでは、別だと思いますね。

 従来の筮法がやさしいというけれど、占断の緒口【いとぐち】がつかみやすいというところでしょうか。
 それによる占断が適切かどうかは別だと思いますね。

渡辺 この艮為山という卦を、帰ってこないとした見方と、又出入りしたという見方と、賓卦を見るという見方とは、わかりましたんですが・・・。

紀藤 それから、彖でいえばね。【易爺 七考占の不変卦は卦の彖辞をみる】

渡辺 エエ。艮の卦辞。

紀藤
 「其の背にとどまりて其の身をえず、其の庭に行きて其の人を見ず」
 ・・艮其背。不獲其身。行其庭。不見其人。・・・

とありますから、一カ所に止まっていないといえましょうし、
親戚とか立廻り先きと思えるようなところには行っていないだろうとか。
彖のことばをとればこういう見方ができる。

しかし象のことばからすると、
「君子以て思うこと其の位を出でず」
・・君子以思不出其位。・・・

で、堂々めぐり、うろつくで、海を渡って遠くへいくというようなことがない、と。
限界内でのうごき、コザト(小里【易爺※ =こざとへん小里辺で】、附近)とどまるのか「限」これはリミット内ということ。遠くまではいっていず そのへんをクロウロしている、と。

渡辺 私は東京の方、東京でも東北、震があるので、死んではおらん、内卦の艮で止まると、判断しました。

紀藤 「震は反生の卦なり」で、生きている【易爺】(笑)と見た。【易爺※反生=反省?w 説卦伝の震に「その稼におけるや反生となす」】

渡辺 出てしまって、すぐには戻らんと。向うはもっとハッキリした答を得たいらしかったが、その点までは私に読めませんでしたが。

紀藤 そのへんで止めおくのがいい(笑) 神憑りだとどんなことでもしゃべるが(笑) よほど親しい人や、何度もきている人なら、知らせてくれるがまあ、結果がわからないのは仕方ないですね。・・・ここでは、こういう見方もできるという、占法の例で、中筮法的な見方、それにこういう見方もできる、と。

渡辺 四遍筮は、いろいろな見方を自由に使う・・・。

・・・・以上、『実占研究』S45.2月号より・・・・

太字、赤字、【】は 易爺が勝手に付けましたm(_ _)m

***********************

「説卦伝」の震☳のところに書かれている
「その稼におけるや反生となす」
というのは、一度刈り取った稲などの株から新しい芽が出ること、二番穂と云っているようですが、【易爺】が別の呼び名を覚えていたのですが忘れました><;
 ★★★いま、思い出しました!!!・・・筋トレしていて!アタマだけじゃダメですね、カラダも使わないと・・・聴いてる!そこの学術会議さん!ナンテ^L^・・・「ひこばえ」です、孫生え【ひこばえ】といいます^L^蘖【ゲツ・ゲチ・ひこばえ】でした^L^
 また、岩波の『易経』説卦伝の震の項には:
稼〔栽培する植物〕では反生〔いちど出た芽がさかさに土へ根をおろしてから葉をのばす豆麻の類〕、

という説明があります^L^

◆それと、この占例で忘れてならない艮☶の象意は、艮☶は「万物〔ばんぶつ〕の始めを成す所にして、終りを成す所なり」かも知れませんね。

【易爺】が艮爲山の卦画をみて最近イメージするのは神経細胞・ニューロンやそのシナプスのことです。「時止則止、時行則行・・時止まればスナワチ止まり、時行けばスナワチ行く」の彖伝の説明にピッタリと思うのですが・・・。

 紀藤先生の説明で「お不動さん」のことがありましたが、
 仁田丸久先生のホノケ・ミズノケの瞑想をしている姿もイメージできます^L^
 ・・二三四爻の「互卦」がミズノケで、三爻から上爻までが離の似卦【ジカ・似ている卦】をホノケとみることができるのないかと思います^L^

漢文を読むのがむつかしいとお考えでしょうが、国語が大きらいだった【易爺】でも時間をかければ読めるようになるのですから^L^
レ点や一二三、上中下の記号などなしの白文で読むほうが新しい意味に取れたりして楽しいものですよ。
それには毎日少しずつ時間をかけて一生つづけることです、易にはそれだけの価値があると【易爺】は考えています^L^



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント