11月22日 今日から『小雪』 72候の『虹隠れて見えず』

きょう11月22日は、24節気の『小雪』、
72候の58番目『虹隠れて見えず』です。

今年の春は
3月30日 雷乃発声 雷声出す
4月15日 虹始見 虹始めて見る

秋は
9月23日 雷乃収 雷声収む
11月22日 虹蔵不見 虹隠れて見えず

雷と虹とを比べてみると、
カミナリは大体、春分秋分とともに
地上に現われ、地下に潜り込むようですが、
虹の方はカミナリより少し送れれて動くようです。

上古「にじ」のことを「のじ」「ぬじ」と言い
蛇の青大将のことを「なじ」と言っていたそうですが、
「虹」と「蛇」とは非常に関係が深いものと考えていたようです。

『雄略紀三年』のところに

「乃〔すなわ〕ち河の上〔ほとり〕に、
虹見ゆること蛇〔おろち〕の如くして、
四五丈〔よつゑいつつゑ〕ばかりなり。
虹の起〔た〕てる處を掘りて、
神鏡〔あやしきかがみ〕を獲〔う〕。」

とあります。
ここでも、虹は蛇と同類と考えられていたようです。

また、上古の琉球では
蛇のことを「なぎ」「なぎり」「なが」、
虹のことを「のーが」「のーぎり」と言っており、
『常陸國風土記』の「那賀郡〔なかのこおり〕」の条の
「ノガヒコ・ノガヒメ」がその琉球の上古の言葉である、
とい説を紹介しています。

◇『常陸の国の風土記』にある「ノガヒコとノガヒメ」の話しは

茨城の里にノガヒコとノガヒメという兄妹がいました。

ノガヒメが家に居るときに名も知らぬ男から求婚されて
終に夫婦になって、ノガヒメは身ごもって、小さな蛇を生みました。

その小さな蛇は 昼間は喋らないのだが、
夜になると母のノガヒメとお話しをするのです。

母のノガヒメと伯父のノガヒコは、
「これはキット神の子に違いない!」
と思って、祭壇を作って
その小さな蛇を清き杯に入れてお祭しました。

翌日、その杯をみると蛇の体が大きくなって
杯からはみ出しているので、
平皿のヒラカに入れて安置しました。

その翌日も蛇の体は大きくなっていたので、
もっと大きなヒラカに安置しました。

こういうことが三、四回続いたので、
もう蛇を安置する器がありません。

そこで母のノガヒメは子供の蛇に言いました。

「あなたの体つき・器量・能力からみると
あなたは神の子であることが分かります。
私の一族の財力では、あなたを養育することが出来ません。
あなたは、あなたの父の居るところへ往きなさい。
ここに居ることは出来ません。」

子供の蛇は悲しんで泣きました。
涙に濡れた顔をぬぐって答えました。

「わたしは謹んで母のお言葉にしたがいます。
しかし、わたし一人で去って往くのは淋しいので、
誰か一人従者としてお付の者を付けてください。」

母は答えて

「我が家には、この母と伯父しかいないことは
あなたはよくよく知っているはずです。
あなたのお伴をする者はいないのです。」

子供は恨めしそうに母をみて何も喋らなくなりました。

ところが、その子供は、
別れるときになって怒りがこみ上げて来て 我慢できなくって、
自分に具わっている雷神の力を出して
伯父のヌカヒコを雷殺〔ふりころ〕してしまいました。

母親は驚いて、
天に昇ろうとするわが子の蛇に、
ヒラカを投げて触れさせました。

ヒラカに触れた子供は蛇神の霊性がなくなり
天に昇ることが出来なくなりました。

そして、このクレフシの峰に留まることになったとさ(*^L^*)

今も、そのときに使ったヒラカとミカ〔甕〕は片岡村にあります。
その子孫が、そこに社を立てて御祀りをして
先祖代々ズーッと引き継がれています。

大昔の人は
蛇と虹と雷と神とを関連付けていたことが
『常陸国風土記』の「ヌカヒコ・ヌカヒメ」の話からもうかがえます。

参考文献 白川静著『字訓』

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