きょうは謡曲『隅田川』の『梅若忌』 また 出雲の『阿国忌』です

◆きょうは謡曲『隅田川』の『梅若忌』 また 出雲の『阿国忌』です

きょう4月15日は、奇しくも謡曲の『隅田川』の「梅若忌」であり、
かつ歌舞伎芝居の祖 出雲の阿国の亡くなった日だそうです。

謡曲『隅田川』には
「さても去年三月十五日、しかもけふにあひ当りて候ふぞや、」
となっているのですが、東京墨田区にある木母寺〔もくぼじ〕では
月遅れの毎年4月15日に「梅若忌」がとり行われるそうです。

きょうは謡曲『隅田川』の中から
気に入っているところを抜き出ししてみました:

雲霞 あと遠山に越えなして 
    あと遠山に越えなして
いく関ゝの道すがら、国々過ぎて行くほどに。
ここぞ名に負う隅田川、渡りに早く着きにけり、渡りに早く着きにけり。


名にし負はば、いざ言問はん都鳥
    わが思ふ人は、ありやなしや


われもまた、いざ言問はん都鳥 いざ言問はん都鳥、
わが思ひ子は東路に、ありや なしやと、
問へども 問へども答へぬは うたて 都鳥、
雛の鳥やと 言ひてまし。
げにや 舟競ふ、堀江の川の水際に、
来居つつ鳴くは 都鳥、それは難波江 
これはまた 墨田川の東〔あずま〕まで
思へば 限りなく、遠くも来ぬる ものかな、
さりとては 渡し守、舟こぞりて 狭くとも、
乗せさせ給へ。


残りても、かひあるべきは 空しくて かひあるべきは 空しくて
あるは かひなき箒木の、見えつ隠れつ 面影の、
定めなき 世の慣〔な〕らひ。
人間愁ひの花盛り、無常の嵐 音添ひ 
生死長夜の月の影、不定の雲 覆へり、
げに目の前の 憂き世かな。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と
聲のうちより、幻に 見えければ、
あれは わが子か、
母にて ましますかと、
たがいに手に手を 取り交はせば、
また消え消えと なり行けば、
いよいよ思ひは 真澄鏡〔ますかがみ〕、
面影も幻も、見えつ隠れつ する程に、
しののめの空も ほのぼのと、
明け行けば 趾絶えて、わが子と見えしは 塚の上に、
草茫々と してただ、しるしばかりの 浅茅が原と、
なるこそあはれ なりけれ、
なるこそあはれ なりけれ。   

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