11月25日は『憂国忌』三島由紀夫氏の命日です

きょうは『憂国忌』、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊のなかで自決した日です。
あの日もきょうと同じように今にも氷雨がふりそうな鬱陶しい空でした。

紀藤先生が三島氏の自決の感想をつづった随想を掲載します:

  三島ショック    紀藤元之介

 三島由紀夫氏が自衛隊の中で自決した。
 この雑誌が出る頃には、「去る者日々にうとし」でショックから立直り、ゆっくり考える余裕もできるでしょう。ましてマスコミは、これから次々と起るであろう社会問題、巷の出来事の報道に追われ、あまり取り上げなくなっていることでしょう。だから、一月余経つと、古い昔話ということになってしまいます。
 私などはニュースを聴いた途端と、二、三日経った今日では、その行為への評価も考えもうんと変りました。ここで云えることは「軽々には論じられない」ということだけです。但し、自衛隊市ヶ谷の幹部たちの処置には、大いに文句があり、その存在に、危倶を感じています。縛られた総監にしても抜身の前で慄えあがって、怪我をしてひきさがった幹部にしても、隊内での出来事を110番して、警察へ逮捕をお願した連中にしても、腰抜け揃いであって、これからもどこかの誰かが数人で、同じような行動を起せば、忽ちに占領され、どんなことを命令され、動かされるかわかったものではない。
 という危倶です。精強な軍隊をもった国のよりすぐりが市ヶ谷を占領したら東京の治安撹乱は意のまま、ということにならないか。災害救助に役立つことはあるが、もしものときは武器をもつ弱腰部隊が、国民に銃を向けさせられ唯々として従うだろうからです。三島氏はそういう“弱い自衛隊のこわさ”を教えてくれたような気がする。
 三島氏が、知名の土で、自衛隊幹部と昵懇であったにせよ、あの行為を拱手傍観した自衛隊幹部は、「なっていなかった」と云える。・・・山崎闇斎が、門下に「もし、孔孟が大将・副将となって攻めできたらどうする?」と訊いた話を、私は思い出した。三島氏にとっては不本意であろうとも、あの場でとっておさえるべきだった。やっぱり彼等は単なるサラリーもらいのため勤務している人たちに過ぎなかったのか。人質をとり、アジ演説をぶったとき、三島氏は、暴漢である自分を取りおさえようともしなかった自衛隊に、絶望したにちがいない。「こんな連中に衛ってもらえると思ったら、とんだことになるゾ」と。まさしく、国を憂えたかれは、「憂国の土」である。
     ・・・『実占研究』S46年1月号より・・・

 いまの自衛隊のなかで、このようなことは起こらないと思います。
 当時「税金泥棒」とよく言われていたことを思い出しました。自衛隊の町で生まれそだった私も、そう思っていました。・・・もちろん現在は「ますらお」の必要性を感じておりますし自分自身も「ますらお」にならなければという思いです・・・。

 三島由紀夫氏が自決する5ヵ月ほどまえの7月7日の産経新聞夕刊に『私の中の二十五年』という随筆を寄稿しています。
 タイトルにある「二十五年」は、太平洋戦争の敗戦の日から大阪万博の年までの25年ということでしょう。
 そのなかで三島氏は次のようなことを書いています:

  『私の中の二十五年』  三島由紀夫
 ・・・・
 二十五年間に希望を一つ一つ失って、もはや行き着く先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大(ぼうだい)であったかに唖然とする。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないか。

 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。

「これからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。」という言葉に共感をおぼえる人が、ますます多くなっているのではないでしょうか。

来年の1月7日で昭和天皇が崩御されてから満25年になりますが、このあいだが「私のなかの25年」になりそうです。「いまのままでは日本はなくなってしまう」という思いが年々に強くなっています。

わたしの想い描いている「日本」は、「安倍首相の日本」よりも「三島氏の日本」に近いように思います。

『易経』のなかに「生生之謂易」という言葉があります。
ふつうは「セイセイ・これを易という」と読むのですが、私は「生き生き生きて之く・これを易と謂う」とよんで、あさ目がさめると自分自身に活を入れて元気づけています^L^
もちろん、「易」には簡易・易しいという意味と「変易・変わる」という意味があり、その裏には「不易・変化しないもの」があるのです。

くよくよ考えるより「生き生きと進んで之くほうが簡単で易しい道」です^L^

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