◆12月7日伊藤たかさんの直訴の血判状

◆12月7日伊藤たかさんの直訴の血判状

 この手紙は、1946年のきょう・昭和21年12月7日に伊藤たかさんという御婦人がGHQのマッカサーに宛てた手紙です。東京の西荻窪に住んでおられた伊藤さんは毎日ハガキをマッカーサ宛に出しており厖大の量になっていたそうです。これは血判を押した直訴状の手紙です。:
 閣下、御きげんは如何でいらっしゃいますか。私共は、最高司令官でおいでになる閣下に対して、一番お親しみを感じ、それと共に閣下のあたかいお心をおたより致します。閣下のお心一つをおたよりに思い乍ら、又方〔くり〕かへしてこの手紙を差上げる次第でございま(い)す。御面倒ともくどいともお思ひ〔い〕になるでせう〔しょう〕が、どうぞ御辛抱下さいまして、日本国民のお願ひ〔い〕をおきき下さいませ。


 今日の新聞は又私共を暗い心におとしいれてしまひ〔い〕ました。同胞が次から次へ戦犯者として捕は〔わ〕れることも無論私共の心を痛ましめますが、それはそれとして、天皇に御責任があられるや?といった感じを新聞からうけまして、限りない心痛に苦しめられて居ります。敗戦国の民として私共はどのような惨苦〔さんく〕も甘受〔かんじゅ〕するものでございます。卑怯〔ひきょう〕ものであってはならない、といふ〔う〕事が私共日本人の唯一のほこりでございます
。どんな苦悩もグチ一つ云〔い〕わずに忍ぶだけの心をもって居りますが、日本人の唯一つ忍びがたいものは、天皇に関する御不幸であります。それはどんなに小さな御不幸でも私共は忍ぶことが出来ません。


 今上天皇【現在の天皇陛下、ここでは昭和天皇のことは御歴代の天皇の中で一番お苦悩の多い御不幸な天皇でおいで遊されます。それを思ふといつも泪〔なみだ〕が流れてまゐります。その天皇にこの上御苦労をおかけ申上げることの苦しさは、天皇をお持ちにならない閣下には御理解下さるまいとは存じますが、この気持は決して無知なるものの盲信〔もうしん〕狂信
ではございません。私共にとって、決して天皇は偶像
としての神ではいらっしゃいません。私共が天皇を仰慕〔ぎょうぼ〕する心は、もっともっと熱い、もっともっと広いゆたかなものだと思ってを〔お〕ります。
昨日も申上げましたとほ〔お〕り、それは日本人の血の中を脈うつて流れてゐ(い)るものでございます。


 今上天皇は、只〔ただ〕の一人もいい御家来をお持ちにならなかったことを申上げたく存じます。天皇と国民との結合をへだてたものを私共はどんなに憎く思ってを〔お〕りますことか。その上、自分達の責任をのがれて上御一人に責任を転〔てん〕かしようとする卑怯ものが容ぎ者〔容疑者〕中に只〔ただ〕の一人でも居りますことを、私共は、日本国の最大の不祥事と思ひ〔い〕、又、そうした国民を閣下否〔いな〕世界中に発表されることの恥しさを身魂〔しんこん〕にて
っして思ふ〔う〕ものでございます。


 日本の天皇は平和を愛し給ふ〔う〕のが御本質でおいで遊されます。御自身に代へ〔え〕て救ひ〔い〕たいと思召〔おぼしめ〕された国民が、そのお慈悲に御報ひ〔い〕することを忘れた、現在の日本国民の一部の姿を世界に対して心から恥じてを〔お〕ります。


 今上天皇に御責任はございません。天皇をお助け申すべき側近の臣等が天皇を窮地〔きゅうち〕におとし入れ参らせたのでございます。閣下のおめに映ずる日本国民のみにくさをもって、日本人全体を御評価なさらないで下さい。併〔しか〕し、私共も我々臣民はもっともっと優秀なものだと信じてを〔お〕りましたので、見るものきくもの只々、恥と悲しみを味ってを〔お〕ります。
 娼婦〔しょうふ〕同様の媚態〔びたい〕を示す若い娘達、餓える同胞をよそめにして闇で太ってゐ〔い〕る人々、日本に生れ乍〔なが〕ら天皇を排〔はい〕しようとする主義者、自分の責任を逃れようとする君側〔くんそく〕の臣等〔しんら〕、等々、敗戦は敗戦として何故もっといさぎよくせめて持つことを許された祖先よりうけついだほこりをもってゐ〔い〕てくれないのか、と只々それを口惜しく恥しく思ひ〔い〕ます



 天皇をお守りするために、天皇の御安泰を保証される代りにならば、生命をよろこんで閣下のお国へさし上げます。
 閣下にお願ひいたします。

 どうぞ日本天皇を御理解下さいまし。
 拙劣〔せつれつ〕な上に長文となりお許し下さいまし。きのふ〔う〕も今日もあたたかいいい日でございます。
 私共はこんな日を霜日和〔しもびより〕と申してを〔お〕ります。
 私共の生命のあらん限り愛し奉る、仰慕し奉る天皇、日本、そうして美しいむさしの。
 閣下の御健康をお祈り申上げます。



 十二月七日
                    伊藤たか(血判)
  ・・・高橋史朗著『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期にしたこと』p117-p120・・・


 今上天皇に英語を教えられたヴァイニング夫人がこの本の作者・高橋史朗氏に次のような証言をされたそうです:
「昭和天皇とマッカーサーが会見したときに通訳をしていた人は私の友人だ。友人は昭和天皇がマッカーサーにいった言葉を。“You may hang me”と通訳した」
と。つまり、天皇はマッカーサーに「あなたは私を絞首刑にしてもいいから、日本国民を救ってほしい」といったわけです。この言葉によってマッカーサーは昭和天皇の人間性を理解し、会見前と会見後の態度は一変しました。

    ×  ×  ×

◆なぜか、小生はマッカーサが大嫌いになんです。
 オヤジもオフクロも戦争のことは、ほとんど話しませんでした。お袋の弟が戦死しているので、いつも写真の遺影を眺めているのですが 逢ったことのない叔父さんの軍刀や勲章などの遺品を隠れてよく見ていました。なぜか その叔父のことを家族に聴いたことはありません。

 パイプを銜えて得意げなマッカーサの写真をみると「このマザコン野郎」「親子揃って卑怯者」・・・なんて、気持ちが沸きあがってきました。・・・この気持ちは今も変わりません、「このケトウが」という意識はありますね・・・おそらくレイシストなんでしょう(笑)

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