12月6日は「シンフォニー記念日」で「音の日」

◆きょう12月6日は「シンフォニー記念日」で「音の日」です。
「赤とんぼ」や「荒城の月」を作曲した山田耕筰が、ベルリンから帰国して日本初の交響曲「かちどきと平和」を帝国劇場で発表した日だそうです。ちょうど百年前の大正三年の今日のことだそうです。
 また、T・エジソンが発明した蓄音機で初めて人の声を録音した日でもあります。1877年のことです。

◆きょうは音についていろいろ調べてみました。

 甲骨文字の「音」の字は「言」の字とひじょうによく似ています。
 上の部分はどちらも「辛」の字でおなじです。
 下の部分が「曰」と「口」で、「一」【甲骨文では小さな点です】が あるかないかだけの違いです。

 言は「辛+口」で、音は「辛+曰」で構成されています。
 言の「口」は神様に祈りお願いする祝詞〔のりと〕を入れる祝告【いのり、のる】のための器です、その器をㅂ〔サイ〕といいます。・・・蛇足ですが、このㅂ〔サイ〕の発見は白川静先生によるものです。

 そのㅂ〔サイ〕のなかに祝告を収めたものは曰〔エツ〕です、誓約のためにㅂ〔サイ〕上に入墨の針である「辛」を加えたものは言です。
 器のなかに収められた祝告は、その安全が保たれるかぎりにおいて、神意を承〔う〕けるものとして機能するのですが、その機能を示すものがあるいは音ではないか・・・音がすることが神様の「おとづれ」と解したのでしょうか。

 神様と音にはひじょうに深い関係があるようですが、詳しいことは畏れ多くて書くことがはばかれます。

◆『春秋左氏伝』の襄公18年のところに「南風競〔きそ〕はず」という故事にまつわる話がでてきます:

 むかし師曠〔しこう〕は晋の国の楽官であったが、楚の国の師【軍隊】が来襲することを聞いて、北風・南風を歌うて これを卜したところ、「南風競はず、死聲【声】多し」として、楚の敗戦を予知した。
 
・・・春秋の時代には戦いにあたって、神意を察するのに、その地域の音楽を演奏させることがあったようです。
 神意は楽の音にもあらわれるものとされたようです。

 地図でみると楚の国は南に位置し、晋の国は北方にありますので、北風と南風を歌い比べてみた結果、「南風は競わないし、死声が多かった」ので楚の国が負けると予知できた、という話です。
 ・・・そういえば、総理大臣の声質から、その方の吉凶を判断する方法もあるようです。・・・

◆『春秋左氏伝』には、鳥獣の音をききわける話がよく出てきます。
 たとえば 襄公30年のところに、宋の大廟で神がかりのものが「譆譆〔きき〕出々」と叫んだ。また亳〔はく〕社に鳥が鳴いて「譆々」というようであった。
 「譆々」というのは、熱いことを示す擬声語で、果たしてまもなく宋に天火による火災があり、そのため宋の伯姫が死んだそうです。
 「出々」というのは、避難をすすめる語であったということです。

 また僖公の32年、晋の文公が卒【歿】して曲沃(晋の神都)に殯〔かりもがり〕するため出発しようとすると、柩の中から牛のような声が聞こえた。それでつつしんで何の仰せであろうかお尋ねすると、その声は、西方に我が国境をよぎるものがあるから、これを撃てば勝利を収めるであろうとのことであった。・・・翌年、晋の軍が秦を破った殽〔こう〕の戦いの予言であったそうです。

・・・このように、「音」は古代の人にとって、しばしばおそるべき不可知なるものであったようです。何らかの啓示であり、神意であるとしても、その意味は憶度〔おくたく〕しがたいことが多いから驚異を感じたのでしょう。

◆こちらは日本の万葉人が感じた「音」です:

ぬばたまの 月に向〔むか〕ひて 霍公鳥〔ほととぎす〕
    鳴く於登【おと・音】遙〔はる〕けし 里遠〔とお〕みかも  ・・・万葉集3988

わが屋戸〔やど〕の いささ群竹〔むらたけ〕 吹く風の
    於等【おと・音】のかそけき このタ〔ゆうべ〕かも      ・・・万葉集4291

一つ松 幾代〔いくよ〕か歴〔へ〕ぬる 吹く風の
    聲〔おと〕の清きは 年〔とし〕深みかも     ・・・万葉集1042

夏麻〔なつそ〕引く 海上〔うなかみ〕滷〔がた〕の 奥〔おく〕つ洲〔す〕に 
    鳥は すだけど 君は音〔おと〕もせず     ・・・万葉集1176

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