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zoom RSS きょうは薮田嘉一郎・燿山先生の命日 『中国問題私観』

<<   作成日時 : 2014/01/13 12:34   >>

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きょう1月13日は薮田嘉一郎・燿山先生の命日です。
昭和51年1月13日に逝去されました。

加藤大岳先生が『易学研究』に載せられた「薮田嘉一郎氏を悼む」という文章のなかで次のように書かれています:
 ・・・ずいぶん以前のことであるが、本誌上に掲載された今東光氏の史的随筆に、薮田氏が異見を寄せられたのに対し今氏は、あんな怪物と関わり合うわけにはゆかないと苦笑されたことがあった。まことに薮田氏は畏るべき存在であったわけである。・・ひとり易学の分野だけではなく、あらゆる文学・史学・哲学・宗教の領域に亘って。・・・


きょうは薮田燿山先生をしのんで先生の含蓄のある『中国問題私観』というエッセイを読んでみたいと思います:
   『中国問題私観』
        薮田嘉一郎

 今年、昭和四十六年の日本の最大課題の一つは中国問題だといわれる。最大かどうか分からぬが、最小でないことは確かである。この問題に対して日本の採るべき基本的方策は、
@ 従前の通り台湾と結び、北京を排除するか。
A 北京と結び、台湾を追放するか
B 台湾、北京の両方と通交するか
C 台湾、北京いずれにも接触しないか
の四つであることは自明である。しかし@はすでに時勢が許さぬと思われているし、Bは双方の相手が問題とせず、残る所はAとCである。
 まずAについて筮して革之訟を得た。
 革は従来の事を改める意であるから@の態度を改めてAを採ることに当たる。目下、自民党の一部や野党、その他革新派と称する連中が盛に唱えているところで、このために超党派の日中国交問復

促進議員連盟ができた。
 しかしこのように改革して果して好いかと言うと、変卦が訟であるから、国内に異論が根強くあり、台湾の抵抗も当然予想される。また相手の北京も佐藤政権下では承知するまい。そのためには少なくと

て藤山内閣ができるか、自民党は選挙に敗けて下野し、社会党政権ができなければならない。果してそのような可能性があるかといえば、殆んどないといってよい。また、これが実現しても、米国をはじめ

、ソ聯【ソ連】や、韓国がそれを歓迎するとは考えられない。だからAは成立しないと思われる。
 それでは第四の道はどうかというと、これは最近東大の衛藤教授が主張されている、双方に不介入ということであるがこちらがいくら介入しなくても、向うの方から介入して、ひっかき回わすだろうから、こ

れまた至極の妙案といえない。
 とにかく今年、この問題は聚訟紛乱して紛乱の中に一年経ってしまうことになろう。その解決は向うから自然にやってくるのを待つより仕方がないのでないか。
 革は下卦離が、上卦のだ沢と水火互いに相息滅して革まるのであるが、得卦革之訟は離が坎に変じる。改革の火種である離が坎に消されては革が革になるまい。革上卦の兌はまた顕現を意味してい

るがこれが乾の隠没に変じるから、革は到底成就することができない。おそらく革を成立する条件がなくなるのでないかと想像する。焦氏易林の「革之訟」には:
臨河求鯉  河に鯉を釣りに行ったが
燕婉失餌  ぐづぐづしている間に餌を失なった
屏気摂息  それではいくら力んでみても
不得鯉子  鯉は釣れない
とある。つまりこのようなことになるのであるまいか。


◆ 中国との国交をやかましく行うが、相手の国の人間の性質をよくわきまえないで、国交を主張している向きが多い。これは甚だナンセンスである。中国の人間は大部分が漢民族であるが、これが一と

筋縄では行かないしろものである。日本人は戦争中、戦前、彼等を支那人と呼んで蔑視していたが、戦後は手のひらを反したように中国人とあがめ奉って、すべてが聖人君子なるかのごとく思っているらしい。少なくとも好人と見ているようである。しかし中国に聖人君子がおり、国民に好人が多かったのは先奏時代のことで、それは二千数百年も以前のことである。中国の経典はこの時代にできたのである。『易経』は漢代にできたのであるが、周文化を欣慕したものが作ったのであるから、やはり先秦思想として宜い。先秦時代は中国の思想の黄金時代であった。漢世からはこれが下落の一途をたどり、経典の祖述や解釈が関の山で、創造的思想はついに生まれなかった。国家も漢代にすでに異民族に侵略せられて多く克つことができず、東晋にはついに胡族に中原をとられて、五胡十六国の時代となり、漢人は胡人の支配を受けることとなった。漢人は軍事力では到底異民族に敵わなかったから、表面では胡王に阿諛以てその歓心を買い、裏面ではあらゆる策謀によってこれに抵抗した。これを胡人から見れば、漢人が極めて卑劣な人間に見えたのは当然で、漢人を漢児と軽蔑した。引いて卑劣漢、無頼漢、悪漢、奸漢、痴漢、担板漢から大食漢に至るまで、何々漢といえば悪質中国人ということとなった。もっとも好漢や熱血漢など褒めたような語があるが、必しも褒めたのでない。漢人の中にも珍しく良質のものもあると稀少価値を認めたにすぎないからである。

 隨唐に至って漢人が中原を回復し、北宋に及んだが、異民族に割りこまれて、遼・金の存在を許した。北宋末には異民族に徹底的にやっつけられた。南宋は現在の台湾のように南シナに亡命した政権であるが、それも蒙古族に滅ほされて、蒙古族が造った元ができた。そのうち元は自滅し、明が興った。明の太祖朱元璋は紅巾の与党で、紅巾は世直しの弥勅の下生を狂信する暴徒であった。紅巾というところ、現在のレッド・チャイナによく似ている。しかしこれは漢族である。
 だが、十七世紀後半、満洲族が興って明を滅ぼし、清を建国した。漢人はまた異民族に征服せられたのである。侵略者が悪いか、被侵略者が悪いか。侵略されるということは被侵略者にも一半の責任があることを思わなくてはならぬ。
 こういうわけで、中国人には卑屈の反動形成たる野郎自大【夜郎自大】の中華思想と陰湿なストラティジー【謀略】すなわち悪智恵がこの上もなく発達した。中華思想で悪智恵を正統化し、異民族にレジスタンスするというわけである。『三国志演義』という歴史小説がある。諸葛孔明や曹操などが活躍した、魏・漢【蜀】・呉三国鼎立時代の歴史が『三国志』であるが、これは歴史であって、これに基づいて講談調に物語ったのが『演義』で、明初の羅貫中という人の作である。実録ではないが実録以上当時の梟雄【きょうゆう】の譎詐【きっさ】至らざるなき謀略戦を活写した。これは中国人が最も好む歴史小説の一つで、毛沢東も愛読するという。この書には謀略のあらゆるテクニックをのせているので、謀略の教科書というべきものである。この教科書で研鑽した謀略を他国民に施すのであるから施された方はたまったものでない。馬鹿正直の日本人の如きはその術にもっともかかり易く、一ころにやられてしまうのである。

 その謀略の一つに遠交近攻がある。遠方の国々とは親交を結び、近くの国々にはその弱味につけこみ、あらゆる政治的攻撃を加え、また好餌を食わせて内応者を作り、その国内を撹乱し、国論を分裂せしめ、有利な地歩を占めようというのである。これは現在の中国外交を見れば思半にすぎょう。
 これは中国に近い国のことであるが、遠い国でも、もともと真実の友交でなくストラテイジーでそうしたのであるから役に立たなくなれば手のひらを裏返したように変わる。「大人虎変・君子豹変」【易の沢火革の五・上の爻辞】というのはまさにこのことである。遠国が中国と交わるのは貿易によって利を得るためだが、元来、中国はアウタルキー(自給自足経済)を国是とする国だから強いて貿易を望まない。対手と国交を絶って、貿易が中断しても一向痛痒を感じない。もっともソ聯【ソ連】との貿易断絶によっては大分苦しんだようだが、それで参らず自力回復した。この事件で中国はますますアウタルキーの必要を痛感したに相違ない。貿易を急に中断されて慌てるのは相手国で、中国はこの手を以て相手を活殺自在に取扱うのである。カナダでもイタリア、チリでも、その中に中国の御機嫌が変ってびっくりすることがあるであろう。わが国では七億以上の人口を持つ中国本土と貿易すればどれほど得をするだろうかと思っている人が多いが、この活殺自在の手でやられたら一とたまりもないのである。また、中国はあまり有利な市場でない。安物は自分の国で十分作れるし、生活水準が低いから高級なものは必要としていない。ただ貿易を餌にして日本を釣ろうとするだけである。始めは必要なものもあろうが、やがてそれは自国で作るのである。水爆まで手製で作るのだから、その気さえあれば作って作れぬものはない。

 以上のように言うと、中国人は煮ても焼いても喰えぬ民族のようであるが、そして全くその通りであるが、全部がそのようであるのではない。この中から時として君子偉人が現われることも事実である。その人達をわれわれは崇敬して来たのであるが、その人達には一つの特徴がある。それは尚古主義である。周代の文物を欣慕するという一つの特徴があった。これはそれらの人々が帰先遺伝(先祖返り)であったことを物語る。われわれが心から敬愛し、交際したい人はこの帰先遺伝の人々である。少なくとも古典を愛する中国人である。ところが現在古典は中国では禁書である。この中国とどうして心から交際することができようか。

 しかしこれはいつまでも続かないと思う。古典を愛する好漢は必ず現われると思う。われわれが中国と結ぶのはそういう人達が輩出する時で、それまで待てばよいのである。何もパスにのりおくれると慌てることはない。先きに出発したパスが途中で顛覆しないという保証はなにもない。落着いて、向うから手をさしのべてくるまで待つのが最も良い。相手に鼻面を引っぱりまわされる愚はあくまでやりたくないものである。

    ・・・・『易学研究』昭和46年2月号に掲載されたものです・・・・


 薮田先生のご冥福をお祈りいたします 拝

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