きょうは「たらちねの母」の日

今日は『母の日』ですね、お母さんに何かプレゼントしましたか?

母の字をみると「たらちねの母」を思い出します^L^

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「母」の象形文字は蹲踞形の「女」に「ヽ」を二つ点けた字です。女の字に両乳をそえた形です。

母の枕詞の「たらちねの」には子育てが終わってお乳が垂れてしまった母のイメージが沸きますが、本当の意味はどうか、三省堂の『時代別国語大辞典』上代編でしらべてみました:

「たらちねの」枕詞 母にかかる。語義およびかかり方は未詳。
おなじように母の枕詞とし「たらちしの」というのがありますが、これも同様に語義、かかり方未詳ということです。

「たらちねの」のタラチはタラシの転化したもので、満ち足りた意を表すほめ言葉、ネは女性に対する親愛の気持ちを表すという説がかなり広く行きわたっているが根拠はないそうです。
チは「乳」の字を用いることが多いので、乳の満ち足りた もしくは、乳の垂れたの意に解されることがあるが、「足乳根」や「垂乳根」の表記は、すでに語義が分からなくなった後の解釈によるものであろう、ということです。


きょうは母の日ですので万葉集から「たらちねの母」の句が出てくる歌【少し悲しい歌ですが】をふたつ掲載します:

   天平元年己巳、摂津國の班田の史生【ししょう】丈部【はせつかべ】の龍麿【たつまろ】自ら経【わな】き死【みまか】りし時、判官大伴【おおとも・の】宿禰【すくね】三中【みなか】の作る歌一首 並びに短歌

雨雲【あまくも】の 向伏【むかふ】す國の 武士【もののふ】と いわゆる人は 皇祖【すめろぎ】の 神の御門【みかど】に 外【と】の重【へ】に 立ち候【さもらorさぶら】い 内【うち】の重【へ】に 仕へ奉【まつ】り 玉葛【たまかづら】 いや遠長【とおなが】く 祖【おや】の名も 継ぎゆくものと 母父【おもちち】に 妻に子等【こども】に 語らひて 立ちんし日より 垂乳根【たらちね】の 母の命【みこと】は齋瓮【いはひべ・イワイベ】を 前にすゑ置きて 一手【かたて】には 木綿【ゆふ・ユウ】取り持ち 一手【かたて】には 和細布【にぎたへ・ニギタエ】奉【まつ】り 平らけく ま幸【さき】くませと 天地【あめつち】の 神祇【かみ】を乞【こ】い禱【の】め いかならむ 歳【とし】月日にか つつじ花 香【にほ】へる君が 牛留鳥【くろとり】の なづさひ来【こ】むと 立ちてゐて 待ちけむ人は 大君【おおきみ】の 命【みこと】恐【かしこ】み 押し照る 難波【なにわ】の國〔くに〕に あらたまの 年経【ふ】るまでに 白栲【しろたへシロタエ】の 衣も干さず 朝夕【あさよひ】に ありつる君は いかさまに 思ひませか うつせみの 惜しきこの世を 露霜の 置きて往【い】にけむ 時にあらずして


 昨日こそ君は在りしか思はぬに濱松が上に雲とたなびく


 何時しかと待つらむ妹に玉梓【たまづさ】の言【こと】だに告げず往【い】にし君かも

*玉梓【たまづさ】は元来は使者にかかる枕詞ですが、この場合は使者そのものを指す、玉梓の言は使者の言葉という意味。



敬みて熊凝の為に其の志を述ぶる歌に和ふる六首   筑後國守 山上憶良

うち日射す 宮へ上ると 多羅知斯夜【たらちしや】 母が手離れ 常【つね】知らぬ 國の奥處【おくか】を 百重山【ものへやま】 超えて過ぎ行き 何時しかも 京師【みやこ】を見むと 思ひつつ 語らひ居れど 己【おの】が身し 労【いたは】しければ 玉桙【たまほこ】の 道の隈廻【くまみ】に 草手折【たを】り 柴取り敷きて 床じもの うち臥【こ】い伏して 思ひつつ 嘆き臥せらく 國〔くに〕に在らば 父とり見まし 家に在らば 母取り見まし 

世間【よのなか】は かくのみならし 犬じもの 道に臥してや 命過ぎなむ【一説に云はく:わが世過ぎなむ】

たらちしの母が目見ずて鬱【おぼぼ】しく何方【いづち】向【む】きて別【わか】るらむ

常知らぬ道の長手【ながて】をくれくれと如何に行かむ量米【かりて】は無しに【一に云はく:乾飯【かれひ】は無しに】

家に在りて母がとり見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも【一に云はく:後は死ぬとも】

出【い】でて行きし日を数へつつ今日今日と吾【あ】を待たすらむ父母らはも【一に云はく:母が悲しき】

一世【ひとよ】には二遍【ふたたび】見えぬ父母を置きて長く吾【あ】が別れなむ【一に云はく:あひ別れなむ】

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