きょうは『くしの日』 串・櫛・酒・奇・霊

今日9月4日は『くしの日』です。
「くし」には、串、櫛、酒〔くし〕、くし〔奇・霊〕などの意味があります。

「くし」には、「くす〔奇〕し」や「くすり」と同じ「不思議な力を持つもの」という言葉の「奇し」
同音ですので、串、櫛、酒〔くし〕にも、同じく「くすしきもの」のニュアンスがありそうです。

そういえば三輪山に『くしみかのおおみかみ』様が居られます。
「くし」が薬で「みか」が酒、お酒と薬の神様でしょうか。

『古事記』の中にこんな歌があります:

おきながたらしひめの みことの みうたに いわく:

このみきは わがみきならず くしのかみ、とこよにいます、いわたたす、すくなみかみの、
かむほぎ、ほぎくるほし、とよほぎ、ほぎもとほし、まつりこし みきぞ あさずをせ ささ

息長帯日売の命の御歌曰く:

此の御酒は わが御酒ならず 酒の司、常世に座す、石立たす、少名御神の、
神壽ぎ、壽ぎ狂ほし、豊壽ぎ、壽ぎ廻し、献り来し 御酒ぞ 乾さず食せ ささ


『日本書紀』の崇仁天皇八年の条には:

このみきは わがみきならず やまとなす 
おおものぬしの かみしみき いくひさ いくひさ

この御酒は 我が御酒ならず 倭なす
大物主の 醸し御酒 幾久 幾久

前書きに、
〔崇仁天皇八年〕冬十二月の丙申の朔乙卯に、天皇、太田田根子を以て、
大神〔おおみわのかみ〕を祭らしむ。
是の日 活日自ら御酒〔みわ〕を挙〔ささ〕げて、天皇に献る。
仍〔よ〕りて歌して曰く
と書いています。

太田田根子は大神神社の若宮、活日は活日神社です。


■ まず、串カツの「串」ですが、細長い木や竹の棒で刺し貫くものを「串」といいます。
また、細い歯を多く列ねて髪に刺したり、髪を梳〔くしけず〕るものを「櫛」といいます。

串と櫛とは同じ語源から分かれたものですが、
串には神事的な榜示〔ボウジ〕の意味があり、
串を地に刺して立てることは、そこに神を迎えいつくことを意味しました。
たとえば、万葉集には、次のような歌があります:

齋串〔いぐし〕立て神酒〔みわ〕坐〔す〕ゑ奉〔まつ〕る神主部〔かむぬし〕の
     髪華〔うず〕の玉蔭見れば乏〔とも〕しも   万葉集3229

梳〔くし〕も見じ屋中〔やぬち〕も掃〔は〕かじ草枕
     旅ゆく君を齋〔いは〕ふと思〔も〕ひて    万葉集4263

◇「櫛」は 多分に呪術的な性格をもっていた。
たとえば、『古事記』には、
素戔嗚尊〔すさのをのみこと〕が、八岐大蛇をやっつける前に、
奇稲田姫〔くしなだひめ〕を櫛にしてミヅラに刺した話があり、

また、弟橘姫〔おとたちばなひめ〕の話、そのほかの例で
よく御墓のしるしとされています。
さらに、擲櫛〔ねげくし〕は絶縁の意味するものでした。

◇これは 『古事記』のなかの、弟橘姫が走水海に入水するところの場面です:

『其れより入り幸〔い〕でまして、走水海〔はしりみずのうみ〕を渡ります時に、
其の渡りの神波を興〔た〕てて、御船〔みふね〕廻〔たゆた〕ひて得進み渡りまさず。
爾〔ここ〕に其の后〔きさき〕、御名〔みな〕は弟橘姫〔おとたちばなひめ〕の命と申したまはく、

妾〔あれ〕御子に易〔かわ〕りて海中に入りなむ。
御子は遣〔ま〕けの政〔まつりごと〕を遂げて、
覆〔かへりごと〕奏〔まを〕したまふべし

として、海に入りまさむとする時に、
菅畳八重〔すがだたみやえ〕、皮畳〔かわだたみ〕八重、きぬ畳八重を波の上に敷きて、
其の上に下り坐〔ま〕しき。

是〔ここ〕に其の暴浪〔あらなみ〕自〔おの〕ずから伏〔な〕ぎて、御船 得進みき。
爾〔かれ〕 其の后の歌曰、

  さねさしの 相模の小野に 燃ゆる火の
        火中〔ほなか〕に立ちて 問ひし君はも

故〔あれ〕 七日ありて後に、其の后の御櫛〔みくし〕、海辺に依〔よ〕りたりき。
乃ち 其の御櫛を取りて御陵〔みはか〕を作りて治め置きき。』

◇あなたは、愛する恋人のために命を投げ出すことができますか?(*^L^*)

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