風地観〔フウチカン〕の占例 『春秋左氏伝』荘公22年の敬仲の身命占

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風地観〔フウチカン〕          天地否〔テンチヒ〕

先ほど風地観〔フウチカン〕の卦の話が出たので
ついでに
『春秋左氏伝』荘公22年の「観の否に之く」の占例について
書いてみます。

■陳の公子・敬仲の運勢の占

敬仲というのはアザナで完という名前です。

荘公22年、陳の国に乱が起って太子の御寇が殺されました。
そこで公子の完は顓孫〔センソン〕と共に斉の国に逃げて難を逃れました。
この当時は 各国ともいい人材を登用することに努めていた時代なので、
斉の桓公は完の人物を見込んでこれを卿として政を執らせようとしました。

しかし 完は、自分のような他国から来た旅の者が、
本国を脱走してきた罪を咎められもせずに、
寛大な政治の下に仕え得るだけで幸せなのに、
卿のような高位に就いても何の功績を挙げることも出来ずに、
人の非難を受けるのは忍びない
と言って辞退しました。

斉侯は、彼を百工を掌る官に就かせました。

『左氏伝』の著者は
彼が幼少の頃、こんなこともあった・・・と言って、
次のような周易に依る占例を記録しています:

生敬仲。其少也。周史有以周易見陳侯者。陳侯使筮之。遇観之否。
日。是謂観国之光。利用賓于王。此其代陳有国乎。不在此其在異国。非此
其身。在其子孫。光遠而自他有耀者也。坤土也。巽風也。乾天也。風為天。
於土上。山也。有山之材。而照之以天光。於是乎居土上。故日。観国之光。
利用賓于王。庭実旅百。奉之以玉帛。天地之美具焉。故日。利用賓于王。
猶有観焉。故日。其在後乎。風行而著於土。故日。其在異国乎。若在異国
必姜姓也。姜大獄之後也。山獄則配天。物莫能両大。陳衰。此其昌乎。

敬仲を生む。その少きとき、周の史、周易を以て(敬仲の父なる)陳公に見ゆる者あり。
陳公・之を筮せしむ。観の否に之くに遇ふ。曰く、是れを国の光を観る、
王に賓たるに用ふるに利しと謂ふ。此れ其れ陳に代りて国を有たん。
此に在らずして其れ異国に在らん。此れ其の身に非ずして其の子孫に在らん。
光は遠くして他より耀やくことある者なればなり。
坤は土なり、巽は風なり、乾は天なり。
風・天と為る。土上に於て山あるなり。
山の材ありて之を照らすに天光を以てす。是に於て土上に居る。
故に曰く、国の光を観る、 王に賓たるに用ふるに利しと。
庭実旅百、之を奉ずるに玉帛を以てす。天地の美具〔そな〕はれり。
故に曰く、王に賓たるに用ふるに利しと。
猶ほ観ることあり、故に曰く、其れ後に在らんと、
風行きて土に著く、故に曰く。其れ異国に在らんと。
若し異国に在らば必ず姜姓ならん。姜は大嶽の後なり。
山嶽即ち天に配す。物能く両つながら大なるは莫し。
陳衰へば此れ其れ昌ならん。

◇完の身命を占筮して観の否に遇い、
これは観の六四の『国ノ光ヲ観ル。王二賓タルに用フルニ利シ』
という占なので 陳に代って「国主(王に賓たるは即ち諸侯)となると
見ることが出来るけれども、それは此の国ではなくて他の国に於てであり、
また、それは当人ではなくて、その子孫の代となってからのことでしょう。

何故かというと「国ノ光ヲ見ル」とあるのは、
目の前で直接 手に取って見るというようなものではなく、
遠く距離を隔てて観望するの意味だからです。

◇光遠而自他有耀・・・光は遠くしての「遠」に子孫の意味を含め、
他より耀くの「他」に異国の意を秘めている。

◇さらに遇卦の卦意・卦象について
観の内卦の坤は土であり、外卦の巽は風であり、
その巽が変じて否に之くのは、風が乾の天となるわけである。
また この卦には、坤の土の上に艮の山の在る象があって、
山は樹木や金銀などを産み出すので、富の象徴とも見倣すことが出来る。
しかも上からは乾の天子の光沢に浴し、下・坤土の庶民の上に座しているのであるから、
将来大いに繁栄して遂に侯となって国を有つの兆を察することが出来る。

まことに[国ノ光ヲ観ル」の辞に相応わしいことです。
さらに 艮を門庭とし、乾を金玉とし、坤を布帛の象とするので、
これは百物を庭に陳ね、玉帛を貢献して天子に朝することを示しており、
「用テ王二賓タルニ利シ」の占辞に相応じています。

◇於土上山・・・この観象について
杜預は否の二三四爻の互体の艮を指すといい、
真勢氏は観の大卦の艮だといっています。

◇旅百・・・この場合の旅は陳(つらね)るという意味で、
夥しい財物が門庭に陳ねてあることを表わす。

■以上のような占示は、完自身の上にではなくて、
その子孫の将来にかかるものである。

その理由は:
そもそも遇卦の観は「観る」ことを意味して居るけれども、
観るというからには、自分自身の上のことではなくて、
自分から遠く望み見る所にあるべきものを推している。

それで「その身に非ずして、子孫にあらん」と判じたわけであり、
しかも観の外卦の巽に動きがあって、内卦の坤は動かない。
風のように行き移って、定まった土地に止まるのであるから、
それで「それ異国に在らん」と推断した次第です。

もしその異国というのは何処を推すかということになれば、
必ずや姜姓の国でありましよう。
何故かというに、この卦には山の材があって、
これを照らすに天光を以てする象があるからです。
姜姓こそは大岳(堯の時代の四岳・・・四方を治めさせた長官)の後裔に
当るからです。
この山の象は、山岳は良く聳えて天と其の徳を競うほどのものですが、
競って並び立とうとするものが、両方ともに強大となることは有りえない。
必ず盛衰を免れないので、この人の子孫が繁昌するのは、
陳の国が衰亡の後のことでしょう。

◇陳衰う・・・陳が楚に依って亡ぼされたのは、紀元前479年。
敬仲の子孫の成子が斉に代って国を有ったのは紀元前386年で、
それよりも後のことです

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